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スケマティックと並ぶ、アメリカの重要なエレクトロニカ・レーベル(ただし最近 は意図的に傾向をシフトしつつあるが)、チョコレイト・インダストリーズのコンピ レーション・アルバム"Rapid Transit"には、コミュニケーションズ・プロジェクト なる耳馴れぬ名前のアーティストのトラックが収録されている。このユニットは、デ ラロッサ&アソラことサヴァス+サヴァラスことプレフューズ73ことスコット・ヘレ ンと、アンチコンのドース・ワンによるデュオであり、公開されているのはまだここ に入った1曲のみだが、将来的にはフル・アルバムの制作も予定しているという。 プレフューズ73のファースト・アルバム『ヴォーカル・スタディーズ・アンド・アッ プロック・ナレイティヴス』は、オウテカが切り開いたデジタル・ヒップホップ(と いうかヒップホップとデジタル・テクノロジーの交錯?)の可能性を大きく押し拡げ つつ、ある意味では極めてポピュラーな地平へと着地してみせた、文句なしの秀作だっ た。フリースタイル・フェローシップのマイカ・ナインや、エイソップ・ロック、MF ドゥーム、更にはサム・プレコップといった異色の顔ぶれをゲスト・ラッパー、ヴォー カルで迎えたこの作品は、サンプリング、ビート・プログラミング、ヴォーカル・エ ディット、あらゆる面で、ラジカリズムとキャッチーさ、複雑さと簡潔さを同時に実 現した、ヘレンのおそるべき才能を強烈に証立てたアルバムである。この冴えた明解 さは特筆に値するものだ。 アンチコンは、西海岸を拠点とするヒップホップ・レーベル、というよりは一種の アーティスト集団である。彼らはメジャーなシーンはもちろんのこと、既存のアンダー グラウンド・ヒップホップの在り方にまで、音楽的に、またアティチュード的に距離 を置こうとしつつ、独自のスタンスを貫きながら近年、急激に頭角を現わしてきた。 ドース・ワンはソール(ディープ・パドル・ダイナミクスetc.)と並ぶアンチコンの 代表的なアーティストであり、過去にはグリーンシンク、ゼムなどのユニットで、き わめて独創的なヒップホップを発表してきた。 しかしドース・ワンのソロ名義での作品、たとえば"SLOW DEATH(THE PERMANENT CRY)"は、彼の他のユニットとは、更におおきく異なったベクトルを示していた。妙にこもったサウンド、映画音楽とエレクトロ・アコースティックを二重写しにして故 意にピントをボカしたような異形のトラックの上を、呟きのような、呪詛のようなヴォ イスが、幾つも織り重なりながら延々と続いていく。確かにビートは聞こえてくる。 だが、これは一体何なのか?……最初に聴いた時には、理解に苦しんだものである。 トラックとラップというヒップホップの構成要素が、接続されるというよりも、無気 味に融け合ってしまっている、そのような感じがしたのだ。 ブーム・ビップがプロデュースしたトラックにドースがラップを重ねた共作"CIRCLE"では、ジャズ系DJであるブーム・ビップの広範な音楽的志向を反映して、エスニックな要素やカートゥーン・ミュージック的な要素など多彩なスタイルが試み られており、ある意味ではかなりポップと言ってもいいような仕上がりだった(もち ろん相当ストレンジではあるけれど)。だが、"SLOW DEATH"以上の衝撃をもたらした のは、やはり何と言ってもクラウドデッドである。ホワイ?、オッド・ノスダム(ち なみにこの二人はそもそも"SLOW DEATH"にも参加している)、そしてドース・ワンに よるクラウドデッドは、ドース自身が運営するムッシュ・レコードから10インチをシ リーズで6枚連続でリリースしてきたが、この程、英国のビッグダダから一枚のCDに まとめられた。 "SLOW DEATH"では、ぬめりを帯びた塊のようになっていたサウンドが、クラウドデッドでは更に混沌を極めつつも、しかしある構造のようなものを獲得している。1曲のあいだに何度も意外な展開があり、どのトラックもほとんど、かなり強引な組曲のご とき様相を呈しているのだが、しかしそこには紛れもない必然性が存在していると思 えるのだ。 いや、「構造」とか「必然性」とかいう言い方は、誤解を招くかもしれない。ここ でいう「構造」とは、単に計算ずくで弾き出されたものではないし、「必然性」とは、 ただの「かくあらねばならない」という意志のことではない。では、どういうことな のか? 確実に言えることは、クラウドデッドに見い出し得る「構造」は、"SLOW DEATH"のドロドロのアマルガムと、実のところ表裏一体にあるものなのであり、また、 そこで感受される「必然性」とは、ドース・ワンとスコット・ヘレンとが、お互いを 引き付けあっていったことと、けっして無関係ではないだろう、ということだ。 *6 クラウドデッドやソロでは奇怪きわまるサウンドと、ポエトリーと呪文の中間のよ うなラップを志向しているるドース・ワンだが、たとえば最近出た傑作コンピ"A PIECE OF THE ACTION"に、ジェルとのゼムセルヴス(ゼムから改名したのか?)とし て提供したトラックは、すこぶる明快でカッコ良い曲であり、トラックの性格によっ て、MCとしてのキャラクターも、かなり変化させていることがわかる。これはスコッ ト・ヘレンとのコミュニケーションズ・プロジェクトの場合も同じで、ヘレンによる 瀟洒でクリアなデジタル・ヒップホップをバックに、ある意味ではかなりストレート と言えるようなラップを披露している。 ドース・ワンのラップは、しかしどんなトラックにおいても光るというわけではな い。彼の非凡な言葉、喉、声、唇は、けっしてトラックを凌駕してその存在を主張す るようなものではない。むしろ、メジャーなラッパーが曲ごとに異なるプロデューサー を起用し、そのカレイドスコープをあたかも自身の個性であるかのように錯覚する (させる)在り方とは、まったく違ったアティチュードを誇っているのだと言ってい い。彼のラップは、あくまでもサウンドの一要素として在る。というか、彼の声の導 入によって、そのサウンドがはじめて、ある有機的な「構造」と、しなやかな「必然 性」を持ったものとして完成するようなトラック、そしてまた、けっしてアカペラで は成立しない、ある種のトラックと織り重ねられ、溶け合されて初めて、その真の魅 力を発揮するようなラップ、そんな両者の出会いが、ドース・ワンの作品において生 じている出来事なのだ。 ドース・ワン自身のレーベル、ムッシュからは、最近もソールとDJマヨネーズ、ア ライアスの3名によるプロジェクト、ソー・コールド・アーティスツや、ドース・ワ ン、ソールも顔負けの超個性的なアーティスト、アンチMCによるラジオインアクティ ヴなど、精力的かつ野心的なリリースが続いている。このレーベルがいかに先鋭的で クリエイティヴであるかは、コンピ"ROPELADDER12"を一聴すれば立ち所に確認できる。 ジェル、ソー・コールド・アーティスツ、イソップ・ロック、クラウドデッドのホワ イ?&オッド・ノスダムによるリーチング・クワイエット、ラジオインアクティヴ、 ザ・ペデストリアン、ニックオデムス・フィーチャリング・アパニ、ブーム・ビップ・ フィーチャリング・スラグ(!)、レヴォリューショナリー・インク・フィーチャリ ング・ドース・ワン等など、どの曲も、驚くべき創意に満ちたサウンドばかりであり、 アンチコン〜ムッシュ周辺のポテンシャルの高さに圧倒される。 では、この日本に、ドース・ワン一派に匹敵するようなインヴェンティヴなヒップ ホップが存在しているだろうか。ここで思い付くのは、虹釜太郎のレーベルである不 知火と、その系列レーベルのひとつであるドリフターのことだ。意外に思う人もいる かもしれない。だが、たとえば最近相次いでリリースされた両レーベルのサンプラー、 "SHADOW WORLD"と"DRIFTER"を聴いてみれば、僕の言わんとすることが多少とも理解してもらえるのではないかと思う。 不知火関係のレーベルのほとんどがそうなのだが、参加しているアーティストのほ とんどが匿名的な存在であり、実際は同一人物である者が幾つもの変名を駆使してい ることも多い。いささか分裂症的な徴候を示しているわけだが、しかし音の一貫性は 明らかだ。やたらとロウファイな音質と、繰り返されるストレンジなループと、底の 方が潰れてしまうほど多重に積み上げられたサンプルとが醸し出す、まぎれもない混 沌。虜になるにせよ、嫌悪に震えるにせよ、それらは一度聴いたら忘れられない程の インパクトを持っている。 そのあまりにも異形の風体ゆえに、不知火は長らく無視や心無い誤解の対象となっ てきた。このレーベルの常識からは大きく懸け離れたアティチュード(ジャケットな しリリース、CDRリリース、増殖する系列レーベル……)が、その傾向に拍車をかけ ていたことも事実だろう。そして、その音のスタイルも、フリー・ジャズ、インプロ ヴィゼーション、コラージュ、エレクトロ・アコースティック、ドラムンベース、テ クノ、ミニマル・ミュージック、エレクトロ、等などと非常に多岐に渡っているよう でいて、しかしある意味では、どれもこれもほとんど同じに聴こえてしまうことも、 また事実ではあったのだ。 ところで、不知火はそのそもそもの出発の時点から、自らのサウンドを説明する際 に、しばしば「ヒップホップ」という言葉を用いてきた。それがまた誤解を生むこと にもなっていたのは確かだが、しかし今となってみれば、このことには、まちがいな く一種の「必然性」があったのだと思えるのだ。 *7 不知火が標榜してきた「ヒップホップ」なるもの、その核心とは、たとえばこのよ うなことなのではないか。てっとりばやく使えるものを使って、望むべき最大限の結 果を導き出すこと。頭の中にある何かしらの観念を、何らかの手段を講じてリアライ ズするのではなく、既にそこにあるもの、自己の外側の「世界」に存在しているもの との関わりにおいて、何事かを表現しようとすること。 ヒップホップを発明した者たちが、路上でボロのターンテーブル2台でリズム&ブ ルースやファンクのアナログ盤をミックスすることによって、まったく新しい音楽の フォームを見い出していった時と同じセンス・オブ・ワンダーとダイナミズムを持っ て、たとえば不知火は安価なサンプラーを手にする。手法の拡張や音楽的な発展のた めに機材を増やすということは、よほどのことでなければありえない。それはそれ自 体で、ひとつの強固な意志決定であり、アティチュードであり、哲学なのだと言える。 その結果、音質や楽曲構造が極端に制限されたり、ともすれば粗製濫造と誤解されか ねなかったとしても、もっと重要なことがある、ということなのだ。 同じように、たとえばクラウドデッドは、基本的にDr.Sampleだけを音作りに用い ているのだという。最近、ドース・ワン以外の二人のメンバー、ホワイ?とオッド・ ノスダムが、それぞれのソロ・トラックを収録したスプリットCDをリリースしたが、 そこでも事情は同じであり、人を喰ったストレンジなコラージュ・サウンドと、チー プでありながら異様なインパクトを持ったビートに覆われたソロには、ある意味では クラウドデッド以上に、「使えるものを使う」ことのラジカリズムが横溢していた。 このベクトルは、二人のユニットであるリーチング・クワイエットのアルバムがムッ シュから発表された時には、よりクリアになることだろう。 クラウドデッド、そしてドース・ワン、ホワイ?、オッド・ノスダムのソロ・ワー クスと、不知火の盤を並べてみれば、そこに驚くほどの共通したムードがあることに 気付く筈だ(それなのに、片方を持ち上げ片方を貶す者がいるのはまったく理解不能 だと思う)。ここに不知火=ドリフターとも関係が深いイるreメを加えてもよい。" イるreメ短編座"は、オリジナル・トラックとリミックスで構成されたアルバムだが、 90年代エレクトロニカの視線で80年代エレクトロを照射しつつ、モユニジュモの個性 的極まるラップがそんなタイムラグをあっさりと埋め切った、極めて一貫した内容と なっている。ここではおそらく、新旧さまざまなテクノロジーが使用されているもの と思われるが、そのヴァージョンやスペックの差異を越えた部分で、聴かれる音には 強度の同一性が感じられる。つまり、とりあえず「使えるものを使い」ながら、そこ から可能な限りの多様さを生み出そうとすることと、使っている手段がさまざまでも、 そこに一貫した何かを映し出す結果となることとが、ここでは表裏を成しているのだ。 スコット・ヘレンがプレフューズ73、サヴァス+サヴァラス以前から名乗っていた デラロサ・アンド・アソラがスケマティックからリリースしたアルバムとシングルが、 この度併せて日本盤になった。ここでは先の2つほど方向性を明確に打ち出していな い分、かえってヘレンの音楽的才能の全体像を伺うことができる。彼はこの時点では コンピュータを音楽制作に使っておらず、もっぱらAKAIのMPCでトラックを作ってい たというが、彼はいわばMPCだけで、コンピュータを凌駕する結果を導き出していた わけである。この事実は、「エレクトロニカとは何なのか?」という設問に答えるた めの、重要な示唆を与えてくれる。 スコット・ヘレンと同じくアトランタ出身で、共同でスリッカーのリミックスを手 掛けていたりもするリチャード・デヴァインの待望のフル・アルバム"ALEAMAPPER"は、シャープなデジタル・ヒップホップとディープなエレクトロ・アコースティックとが ミックスされた独創的な作品だ。デヴァインはヘレンとは違い、Reaktorなどを開発 したソフト・メーカーであるネイティヴ・インストゥルメンツに協力していることで もわかるように、卓越したプログラマーでもある。実際、ヘレンはとかくデヴァイン と並び称されることに対して、たびたび微妙な抵抗を示したりもしているのだが、重 要なことは、にもかかわらず、ふたりの音楽家には、やはり共通するものがある、と 考えられることなのだ。そしてそれこそが、「使えるものを使う」というヒップホッ プ的な姿勢ということなのではないか。そしてそれは、大袈裟にいうのではなく、彼 らが「音楽」そのもの、そして「世界」そのものに対して持っている根本的なスタン スと、密接に関わっているのである。
by plexplex
| 2009-08-27 16:11
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